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高句麗の士武郎(サムラン)が伝えた海東剣道
日時: 2009/12/06 19:36:45
名前: キム・ホンイル

韓国の歴史上最強の国力と広大な領土を誇った高句麗全盛期の武道として百済の武士道(ムサド)、新羅の花郎道(ファランド)のような優秀な人材を養成する政策で拳術、剣術、弓術、槍術、馬術等で心身を鍛え、国力を養うための武芸修練に始まり、士武郎(サムラン)制度に発展した。これが日本に伝わり侍(サムライ)となった。

少々深く見るなら白頭山(ペクトゥサン)の雪峰仙人が弟子入りした青年・壮年らに武芸を教えたのが最初であり、その中で功績を立てた武士をサムランと称して尊敬した。文武に優れたサムランが海東武士(ヘドンムサ)で白頭山に修練場を建てて弟子を養成し、国の危機のたびに一騎当千で輝かしい功績を立てると国家も彼らを大きく奨励して褒賞した。このような大陸の精神を島国
日本が習った痕跡が多い。

忠、孝、礼、義、を理念として心身修練の程度で受け継がれ、高麗始祖、王健を助けて大きく貢献した金正己(キム・ジョンギ)剣士も海東武道場の修練士武郎だった。

私たちの先祖は六片で作られた竹刀で剣術競技をしたが、矮小な日本人たちは自分たちの体格に合わせて四片の竹刀を作って使った。これが今日、逆に普及して剣道の真髄のように見え、今日に日本武術が伝統武術であるかのように化けたことでもある。

日本が聞けば気分が悪いだろうが、日本の南部地域で剣術より竹刀術を一層発展させると剣術を正しく知らない当時の日本人らが今日の竹刀術をあたかも剣の総てであるかのように勘違いさせた。短くて直刀の形式を簡便に多く使い、技術を習った日本人は長剣を使い始めた。

大韓海東剣道は世界海東剣道連盟傘下に全世界1800ヶ所余りの海東剣道場があり、サークルでは数万人が修練する大小の団体で編成されており、名実共に韓国を代表する剣道になって国民の愛を今や受ける世界最高の真剣文化遺産ということができる。

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