剣道人口増やしたいロゴ
なんでも掲示板のトップページ > スレッド閲覧

「公明正大」の実際
日時: 2020/07/30 11:47:55
名前: だみ声 < >

「公明正大」の実際
結論から言うと、理想としては公明正大であるべきですが、人間が判断する場面において、
100%の「公明正大」は存在しないっ!!!
解りやすく「二者択一」する場面では…  A or Bに「優劣つけがたい」場合なんて結構
な頻度で起きているんじゃないでしょうか? 「どちらでもいい」で済ます場合もあるで
しょうが、それでも「いずれかに決めて下さい」となった時、「ではAにします」で、Bは
なぜ落とされたのか? 選択した人の「主観」ではないでしょうか?

ところが同じ場面で別の人は、Bを選択した場合、それはその人の主観がそうさせたわけ
で、ABどちらにも優劣はなかったとしなければなりません。 これでは結論に至りませ
んから、もう一人の人に選択してもらう時、この人が「Aだ」と言えば2:1でAが選択
され、「Bだ」と言えば1:2でBが選択されます。 これが多数決の原理ですね。

所がこの選択結果には0:3 or 3:0の場合も存在します。 つまり同じように見えるけ
れども、3人の選者には「主観」が作用したわけです。 主観の内容は三者三様かも知れま
せんが、選択の理由を探ると、A or Bが持ち合わせていた、その場面における選択肢に含
まない「何か」に3人の選者の「主観」がそっちを選択させた、と言えるのではないでし
ょうか?  でもこの時点で実は「公明正大」は崩壊したと言えるのではないでしょうか?
あくまで公明正大であれば、「優劣なし」が譲れない所です。

剣道に限らず、試合では審判を「味方につける」事は、意識するかしないかは別として、
その場面、雰囲気、振る舞い、反応の仕方、などによって何らかの作用が「ある」と言う
感覚で、試合場に入る事も選手の「能力」あるいは「資質」ではないでしょうか?
特に1:1で戦う格闘技などでは、選手はそう言う事(フェアプレーや、交剣知愛の精神)
も訓練すべきだと思います。

Page: 1 |

Re: 「公明正大」の実際 ( No.1 )
日時: 2020/07/30 14:55:23
名前: 品位

根本的に剣道を競技として、試合をさせること自体に無理がありますね。しかしながら私が思うに剣道はオリンピックの競技にならない、写真判定も導入しないですね。これは連盟の先生方の意図的なものだと思います。誰しも写真判定ビデオ判定と思うはずですが、それをしないということは、剣道の試合は誤審も含めた修行である。と考えるべきです。
他の競技とは違うのです。オリンピックの競技にならないのがその証拠です。
ただ残念ながら、今の剣道でそのように捉えるのは非常に困難です。試合で優勝すればトロフィーが貰えますからね。そりゃ誤審だ。ってみんな騒ぎますよ。
剣道の本来あるべき姿に戻ってもらいたいものです。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.2 )
日時: 2020/07/31 15:15:28
名前:

公明正大とは、何かの物質ですか?
100%の公明正大は無いって?
何かの不純物でも含まれてるの?
何を伝えたいのか、意味不明ですが?

品位さんも、何を伝えたいのか、理解不能です。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.3 )
日時: 2020/08/01 15:45:54
名前: だみ声< >

? さんから「公明正大とは、何かの物質ですか?」のご質問ですが、そうでない事は皆さんご
理解なさっていると思います。 では一体何なのでしょう?
「人間の心理作用の一つ」を表現するために「文字」に書いて表現したもの、ではないで
しょうか? 例えば「恐怖」「不気味」「悪寒」「快感」「信頼」「愛情」「勇気」「恋
愛」等々たくさんある心理作用です。

でもあえて、こういう心理作用を「物質」と仮定して考察してみようではないですか。
化学の世界には純度100%と言う物質は存在しえないことをご理解ください。(後で説明し
ます)
という事は100%の心理作用って存在しない事もご理解いただけると思います。 では何パ
ーセントなのだ? と問われれば「純度の段階によって様々ですね」となります。 その
作業にとって必要な純度はいかほどか? 目的によって変わりますが、ICの製造原料の一
つのシリコン結晶は99.99999999%以上の純度が求められています。(テンナイン「9が10
個並ぶという意味」) でも僅かな不純物が含まれていることを表しています。

心理作用も物質と仮定して、純度で表現すると、やはり100%は「ない」としなければなら
ないですね。
言葉としては、「100%公明正大に判定する」「100%愛してる」「100%信頼している」「100%
こわかった」とは言いますが科学的裏付けはないですね。 すなわち心理作用を言葉で100%
と表現しても科学的根拠に乏しいし、イメージなので、もとより根拠など不要です。

物質には純度100%は存在しないし、心理作用に100%と言う言葉を付けても科学的には裏付
けできません。
という事は心理作用には「主観」は必ず含まれる、と言っていいのではないでしょうか?
化学の表現を使えば「主観」は「不純物」です。 恋愛で言う「一目惚れ」なんか「主観
」がもたらした感情のいい例だと思います。

「主観」を排除しきれない審判が、紅白いずれかの旗を上げ下げする時、「主観」の作用
も「ある」とするのが妥当な所ではないでしょうか?

サッカーで有名な「ドーハの笛」なんか意図的な主観が丸見えだったから、門外漢の我々
も知るところなのだと思います。

<純度100%の物質が存在できない理由>
純度100%の「金塊」を作ったとします。 これを空気にさらさない為に、ビニルでコーテ
イングしました。 金塊がビニールと触れた瞬間ビニル分子が金塊に付着し、ビニル表面
には金分子が付着します。 これで純度100%は保証されなくなりました。 付着した分子
を拭き取ればいい…ふき取る布の分子が付着します。 手垢もつくかも…

純度100%の水を作りました。 純粋な「水」だと思いますが、その水が何らかの「器」に
入っているとき、器の表面から器の分子が溶出し、水の純度を下げます。 溶出しない器
は存在できないのです。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.4 )
日時: 2020/08/01 15:30:25
名前:

不確かさは、有りますが、お2人の剣道に対する情熱の強さには脱帽いたします。

失礼でしたらお許しください。

だみ声さんは、話がフーテンの寅さんみたいですね?ロジカルシンキングができない人みたいで、何かしら理解できない部分もあり、誠に申し訳ございません。

品位さんは、なんか話っぷりが、同じくロジカルシンキング不足で自己中心バイアス的に感じられました。

これからも、お二人様、剣道界のために頑張って下さい。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.5 )
日時: 2020/08/10 21:04:51
名前: ぬま石

失礼致します。
だみ声様の考えたかたに一つの個人的な閃めく部分がありましたので述べさせていただきます。
試合で審判をするなかで、審判規則による公正明大なジャッジは当たり前かもしれませんが。
審判も人であり、今まで経験してきた基準に基ずき審判もなされてる部分もあるかと存じます。

しかしながら、いざ試合で旗を挙げる1本の基準では
その時の選手による、審判が見てきた足跡にも加点となる部分も含まれるかと思います。
つまりは、試合やその前での選手の立ち振舞いを見てきた1人の審判が考慮した上での1本の旗を挙げているよではないかと。
何が言いたいかと申し上げれば、試合の中でのパフォーマンスで1本の旗を挙げるのでなく、その日の選手の立ち振舞いを見てきた中での総合判断の中での1本の基準となるではないかと申し上げる次第です。
つまりは、どこで人が見ているなかでのその中での第三者の総合力判断の中で、1本の値打ちが変わって来るものかと思います。
だからこそ
当たった当たらないのその場の判断だけでなく、色々重なった総合力の判断が公正明大な判断基準になるかと思いました。
乱文失礼致しました。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.6 )
日時: 2020/08/13 18:08:54
名前:

剣道試合、剣道規則

有効打突
第12条 有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し,残心あるものとする。

剣道の試合の有効打突が、色々重なった総合力の判断が公正明大な判断基準にならないと思いますし、ただの自己論理にすぎません。

第12条の判断が、公正明大な判断基準です。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.7 )
日時: 2020/08/14 05:07:09
名前: だみ声< >

ぬま石 さん
>審判規則による公正明大なジャッジは当たり前かもしれませんが。審判も人であり、今
>まで経験してきた基準に基ずき審判もなされてる部分もある
   おっしゃる通りで、公明正大を無視した審判なんてどこにもいないと思います。(ド
   ーハの笛は別ですが、審判はあえてやれる立場にある)。

野球の球審だって、公明正大さを無視すれば、全ての投球をストライクにも、ボールにも
宣言することが出来ますね。 特に「臭い球」と言うゾーンギリギリの球など、球審の「主
観」だとも言えます。 盗塁の滑り込みに対する宣言など、きわどい所をどう見るかは「主
観」が働いていると思います。

でもここで言う「主観」とは何でしょう?  走ってきたランナーの「勢い」かも知れま
せん。 守る選手の「執念」かも知れません。  ベースタッチが先か、ボールタッチが
先かは、交錯した中で見えなかった時もあるでしょう。 でもアウトor セーフを宣言しな
ければなりません。 最近ではこういう場面でビデオ判定もあるのですが、同じことを剣
道の試合でやる必要があるでしょうか?  「ある」と言う場合、具体的にどのようにや
るのか、議論されるところだと思います。 高校野球にもビデオ判定が導入されているで
しょうか?

更に、剣道の審判の難しさは、判断時間が「極めて短い」という点もあるのではないでしょうか?

>当たった当たらないのその場の判断だけでなく、色々重なった総合力の判断が公正明大
>な判断基準になるかと思いました。
   結局は、この点を妥協点としなければならないのだと思います。
   しからば、選手の立ち居振る舞い、動作、礼節などのパフォーマンスは、審判の「主観」
   を響かせて「審判を味方につける」のも選手の能力、戦術、技術に含まれると思われます
   がいかがでしょう?
Re: 「公明正大」の実際 ( No.8 )
日時: 2020/08/14 18:52:55
名前:

剣道試合の審判員の判定の「公明正大」の実際 は、
有効打突
第12条 有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し,残心あるものとする。

上記の第12条の要件を満たしていれば、1本の判定が認められます(誤審は省く)。
「審判員を味方につける」必要はありません。

なぜなら、剣道試合・審判規則(本規則の目的)の第1条に記載された通りですから。
審判員に妥協点を探せなど記載されていません。

剣道試合・審判規則に異議があるならば、地元の剣道協会を通して全日本剣道連盟に異議を申し立てたほうがよろしいのではないでしょうか?
「公明正大」の実際 ( No.9 )
日時: 2020/08/15 00:01:16
名前: ぬま石

だみ声様
答え合わせの、ご解説有難うございます

>しからば、選手の立ち居振る舞い、動作、礼節などのパフォーマンスは、審判の「主観」
を響かせて「審判を味方につける」のも選手の能力、戦術、技術に含まれると思われます
がいかがでしょう?
 おっしゃる通りです。いかにして「審判を味方につけるか」も大切であり
そしてこれらが、当たった、当たらない以外の「主観」での
思わず旗を挙げてしまいたくなるような
審判の心に響いた一本の打突の根拠となる「何か」の
一つになるのだと思いました。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.10 )
日時: 2020/08/15 13:49:04
名前: ファイト1発

〇審判の主観が全てなので、基準なんて適当です。公明正大でも何でもありません

コールセンターさん〇でした、公正明大に試合をし、適正公平に審判をすることを目的とすることが剣道試合・審判規則ですが、いかにして審判を味方につけるのかの選手の意識、片方の選手を味方する審判で、確かに基準なんて適当ですね。

なんで、賛成の意見が無かったのでしょうか?

それとも、剣道試合の現状だから声を上げられなかったのかな?

あっ・・・ここで2人賛成しているようなものか?私入れて3人か?
Re: 「公明正大」の実際 ( No.11 )
日時: 2020/08/15 21:56:41
名前: ファイト1発

まぁ〜なんだかんだ言っても、自分も含め、確証バイアスに陥らないよう、皆様気を付けてくださいませ。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.12 )
日時: 2020/08/17 17:58:45
名前: だみ声< >

公明正大に審判すると言う命題を実践する際、人間である審判は、主観を完全に排除でき
るかと言う話題です。 これは何も剣道の試合に限る物ではないですが、審判を味方につ
けるという事は審判の「心証」が司る「主観」が介在することを排除できないというのが
僕の主張です。 勿論所謂「えこ贔屓」するという事ではない事を断っておきます。

微妙な打突場面で、旗を上げるか上げないか、と言う時に、打突が少し弱いとか、浅いと
か、機会を捉えたかとか以外の「何か」を勘案してないでしょうか?  つまり旗を上げ
ようか上げまいかと、一瞬迷った時「主観」が働いてないでしょうか?
上げても主観が働いた結果であり、上げなくても主観が働いた結果だと言えないでしょう
か? 微妙な場面で、3人の審判で1:2と旗が割れたのは異なった「主観」の作用だと
言えないでしょうか?

?さんが
>第12条 有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を>刃筋正しく打突し,残心あるものとする。
>第12条の要件を満たしていれば、1本の判定が認められます
    と書いておられますし、それは僕も分かっているつもりです。 ただし…

満たされるべき「要件」には個人が持つ「主観」が支配する要素が含まれていると僕は思
うんです。
たとえば、「充実した気勢」を主観抜きで語れるでしょうか?   「適正な姿勢」とは
誰もが寸分たがわない状況として表現できるでしょうか?  「残心」も「事後の攻撃に
備える気構え」としてどのように表現されれるでしょう?  言葉にする時、そこには語
る人の「主観」が介在するはずだ、というのが僕の意見なのです。 だから旗の上げ下げ
にも、審判の「主観」を司る「何か」が介在せざるを得ないと考えています。

たとえば(あまりいい例とも言えませんが…)
カルロスゴーン氏はなぜ5億円の保釈金を払った後、それを捨ててまで日本を離れたので
しょう? しかも荷物に紛れて(荷物の箱に隠れこんで)空港のチェックを逃れたと聞きます。
更に無罪請負人と異名をとる弁護士迄つけていたのにです。

我々はそのニュースを聞いた時、「彼は日本の法律で彼の過去の行為を裁かれたくなかっ
た」のだろうと思ったのではないでしょうか?  日本の法律で裁かれる時「有罪」にな
る確率が極めて高かったのではないでしょうか?  そこで我々は会社の金を「私的に使
った」と言われたのはきっと事実なのだろうと思たのではないでしょうか?  証拠は聞
かされてなくても僕はたぶんそうなのだと思いました。  皆さんはどう思われたでしょ
う?  ここには「主観」が働いたというのが僕の意見です。 でも「無実」かも知れま
せんが、多くの方の主観は、「有罪」ではないでしょうか?
裁判が行われた時、結論は長い議論の末、裁判長から判決されるわけですが、試合会場の
審判にはそんな悠長な時間はありません。

意図するとかしないとかも関係なく、選手は潜在的に「審判を味方につける」能力を工夫
するのも選手の技術や能力の範囲内ではないでしょうか?
Re: 「公明正大」の実際 ( No.13 )
日時: 2020/08/17 19:32:33
名前: ファイト1発

だみ声さん
公明正大に審判すると言う命題を実践する際、人間である審判は、主観を完全に排除でき
るかと言う話題です。

だみ声さんは、主観を排除=公正明大の観念みたいですけど。

私は、審判員の100%の主観で適正で尚且つ公正な判定をして公正明大な判定をしてください。なので公正明大な判定の論点に隔たりが生じています。

だから、コールセンターさんの「審判の主観が全てなので、基準なんて適当です。公明正大でも何でもありません」の基準なんて適当は、言い過ぎではあると思いますが、審判員の主観だけでは事実上の公正明大な判定は不可能だとゆう認識だからオーバーな表現なのだと思います。コールセンターさん私の確証バイアスでしたらお許しください。

剣道の審判員の主観は、剣道試合における判定及び評価を行う意識の働きになると思われます。
審判員以外の客感的な判定は行われていないので、審判員の100%の主観による判定のみになり、素早い動きの中で判定を瞬時に行うので、誤審が多くなる競技になってしまいます。

ですから、誤審が多いから「公正明大ではない」誤審でも適正公正な判断をしたのだから「公正明大であると」2通りの認識があって当然だと思います。

>意図するとかしないとかも関係なく、選手は潜在的に「審判を味方につける」能力を工夫
するのも選手の技術や能力の範囲内ではないでしょうか?

私は、小賢しい行動だと思います。
だみ声さんの意見も、今は否定はしませんし、これも2通りの認識が生じました。

やはり、1つの答えの出せる議題ではないのではないのでしょうか?

たとえ話が好きな、だみ声さん流に言うと、例えば、剣道の練習で喉が渇き2Lのぺットボトルの水を飲み半分になりました。

これを、「あと1Lになってしまった」と思うのと「まだ1L残っている」の2通りの思考があるのと同じであると思います。

2通りの認識がある場合に、自己論理を押し付ける形になりがちだと、無限ループにはまりますが、いかがでしょうか?
Re: 「公明正大」の実際 ( No.14 )
日時: 2020/08/17 19:47:15
名前: コールセンター

ファイト一発さん

オーバーに表現したつもりは一切ありません。
理由は、「一本の判定基準」に書いた

>>私が、明らかに贔屓されたと感じた試合・・・
試合後顧問の先生の所に行った際に、「あれは相手を贔屓している」というようなニュアンスの言葉をかけてもらっていましたよ。それも、そう感じた試合はほぼ毎回。

もちろん、多少の顧問の先生の、贔屓、主観は混ざっているとは思いますが、その前提を踏まえてもはたから見ててもそう感じる方もいらっしゃいました。

事が理由です。

ちなみに、相面や相小手面で、明らかにこっちが速かったのに相手に上がっていた、といったレベルの話ではなく、完璧にがら空きのところに面を放ったのに、旗が上がらなかったといったレベルでした。なお、その試合で相手の技はかすっただけなのに旗がひょいひょい上がっていましたね。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.15 )
日時: 2020/08/17 20:02:50
名前: ファイト1発

コールセンターさん

了解しました。

それは、間違いなく不公平な判定、公明正大な審判員の判定ではありませんね。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.16 )
日時: 2020/08/17 20:10:02
名前: ぬま石

またまた横槍にて失礼致します。
これから書き込みしますことは、
主題とは脱線気味の個人の意見に成りますこと
先に申しあげておきます。。

私自信はこの議論で投稿されてきた、
だみ声様や、?様や、ファイト一発様等の
意見に対して否定はする気はございません。
何故なら、それぞれの経験してきた
足跡での意見ですので。
私自信が申し上げたいのは、この議論は
白でも黒でもない1つの答えを求める
議論ではなく、様々な色合いによって成り立つ
ケースバイケースの主観での1人の審判の
答えとして出した判断で挙がった
旗の1つと申し上げます。
例えば試合をしてる選手が
ルールに則った打突と
審判を味方に着けるような「何か」が
働いてそれを見た1人の審判の
「何か」の波長がシンクロして
旗が挙がり、3人の多数決での
1本が成立したものかと思います。
その中であの打突は1本では無かったかの答えは
その時の審判の目に見えぬ様々な色合いの
「何か」に対しての
響いたか響かないかでの旗色かと。

だからこそ、選手が審判を味方に着けるかは
審判の旗を挙げたくなる「何か」の
1つの答えになるかと思われました。

主題に外れた乱文失礼致しました。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.17 )
日時: 2020/08/17 20:13:02
名前: コールセンター

ファイト1発さん

いえいえ、ちゃんと確認してくださって、こちらの意見を受け入れてくださり感謝します。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.18 )
日時: 2020/08/17 20:18:01
名前: ファイト1発

沼石さん。

了解いたしました。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.19 )
日時: 2020/08/17 20:23:06
名前: ファイト1発

すいません、ぬま石さん、でした。
Re: 「公明正大」の実際 ( No.20 )
日時: 2020/08/18 01:07:49
名前: だみ声< >

ここに書き込んでくださった皆様。

それぞれの視点、切り口からのご意見誠にありがとうございます。  ファイト一発さん
の「残り1リットル」か「まだ1リットルある」かの例えが良く分かります。 何年も以
前の交通標語にあった「まだ渡れるは、もう危ない」と同じようなものだと感じました。

僕の言う主観を排除しないと公明正大でない、という意見と、主観が公明正大を構成する
というご意見で、状況はそこに「二面性」があるものの結果には大きな矛盾はないという
事でいいでしょうか?

>自己論理を押し付ける形になりがちだと、無限ループにはまりますが、いかがでしょうか?
   もとより議論するのであって、僕は押し付けるつもりはありません。 ご意見を素
   直に受け入れたいと思います。  ありがとうございました。


追伸
今回のスレッドでは、久しぶりに気持ちのいい議論が展開できたと思います。 僕も自分
の意見を視点を変えて眺める機会を得たと思います。 当然さらに研鑽を積んで生涯剣道
へとつないでいこうと思います。  重ねてありがとうございました。

Page: 1 |

タイトル
名前
E-Mail
URL
コメント中には上記URLと同じURLを書き込まないで下さい
パスワード (編集用)
コメント

   ユーザー情報を保存する